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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)127号 判決

原告 遠藤馨

被告 国

訴訟代理人 中村勲 外二名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  昭和四一年(行ウ)第一二七号事件につき

(一) 被告は原告に対し、六八万九、〇〇〇円を支払え。

(二) 被告は原告に対し、朝日新聞の朝刊に縦七センチメートル、横四センチメール大の型枠で別紙記載の謝罪広告を掲載せよ。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

2  昭和四二年(ワ)第四、六九八号事件につき

(一) 被告は原告に対し、四万〇、三〇五円を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  入学および入寮

原告は、昭四一年四月一一日国立東京教育大学教育学部特設教員養成部盲教育部普通科に入学し、同養成部の学生が寄宿する同学部雑司ケ谷分校寄宿舎特設教員養成部寮(以下、本件寮という。)に同年五月一日から入寮する旨の届出をしたうえ、同年四月三〇日に入寮した。

2  退寮処分

前記大学教育学部雑司ケ谷分校主事大山信郎は、昭和四一年六月六日付の退寮通告書をもつて原告に対し、懲罰として同日から一週間の退去猶予期間を置いて本件寮からの退去を命じ(以下、本件退寮処分という。)、原告は、同月七日右通告書を受け取つた。

3  退寮処分の違法性

しかしながら、本件退寮処分は、以下のとおり違法である。

(一)(1)  本件寮の運営は、東京教育大学雑司ケ谷分校寄宿舎通則により寮生の自治に委ねられ、右寮の自治規約に基づいて運営され、寮生は同規約七条により寄宿料、電気水道料、入浴料、暖房費(冬期)、食費、寮費(普通には寮運営費と呼ばれている。)および入寮費を納入するよう義務づけられている(以下単に寮費とあるは以上を総称していう。)が、原告は、入寮当時右自治規約のことを知らされていなかつたので、寮の諸費用の徴収が寮生に任されて、学校当局の事務員や本件寮の事務員、舎監等が右費用の納入を直接受付けないことや、右費用が最終的には学校、寮食堂等の収入になるにもかかわらず、右費用について学校当局の領収書が寮生に渡されないことなどが納得できなかつた。そこで、原告は、昭和四一年五月六日、学校の庶務係に右領収書を発行しない理由を尋ねていると、寮委員長(寮生)白木幸一が来合わせて、その理由を説明すると言つて谷村寮務教官の面前で原告と話し合ううち、右白木は、原告の胸ぐらをつかみ暴行を加えた。原告は、右白木の暴行について直ちに大塚警察署に届出をし、その後、右白木の両親から謝罪してもらつた。

(2)  原告は、また、入寮後間もなく、寮自治会の会計簿を閲覧して、寮生から徴収していた寮運営費(自治会費月額二五〇円)の六割位が自治運営費としての雑費、娯楽費などには当らないようなもの(たとえば、寮役員への謝礼、視力障害のある寮生のために他校の女子大生に図書の朗読依頼したことの謝礼、図書購入費、寮祭費等)に費消され、他面、トイレツトペーパー、消毒薬、娯楽道具等の購入には少額しか支出されないなど、寮運営費が不公平に使用され、かつ、濫費されていることを知つて、学校の庶務課職員、舎監、寮委員長その他の寮役員による寮運営費の使途に不審をもち、寮運営費が月額二五〇円と定められても用途上真に寮運営に当てられている四割分相当の一〇〇円しか支払えないと主張し、寮委員長等と対立した。すると、大川分校主事、佐藤教授、谷村寮務教官等が原告を呼出して、寮運営費の四割分しか支払えないと主張することの理由を尋ねたので、原告はこれにつき前記のような理由を述べ、寮の経理の是正を要望したが、全然聞きいれられず、やむなく大塚警察署や警視庁に調査依頼をした。また、野口舎監は、寮の食堂の皿洗いを手伝つた寮生に一人当り五〇〇円を与えるなどその行動に不審な点があつたので、原告は、同年五月下旬、その点についても警視庁に調査の依頼をした。

(二) ところが、寮委員長は、原告が寮運営費を一〇〇円しか支払わないとか寮自治委員を信用できないから食費その他の費用を直接学校の事務課か舎監に納めると主張したことや学校当局の領収書の交付を要求したことなどを理由に、寮評議員会および寮生会議を開いて原告について懲罰としての退寮を決定し、大山分校主事はそれに基づき原告に対し本件退寮処分を通告したものである。

(三) ところで、寮生に対する懲罰としての退寮処分については、本件寮の自治規約六五条が規定するところであるが、原告の場合、同条一項ないし四項所定の懲罰事由のうち、二項すなわち「特別の理由なく一ケ月以上寮費を滞納した場合」に該当するとして本件退寮処分がなされたものと考えられる。しかし、昭和四一年五月分の寮費の納入期限は同年五月二五日であるところ、原告は、同月分の寮費のうち、国有財産使用料(寄宿料)、電気、水道料は同日学校の会計に、食費、入浴費、寮運営費二五〇円のうち一〇〇円は同年六月七日に寮自治委員に、寮運営費の残額一五〇円および入寮費は同月二一日に寮自治委員にそれぞれ納入し、納入期限から一か月以内に右寮費を完納している。そして、同年六月分以降の寮費については毎月納入期限までに管轄の法務局に弁済供託しており、前記懲罰事由にはまつたく該当しない。また、原告の場合、前記自治規約六五条所定の他の懲罰事由にも該当しない。

このように、本件懲罰処分は、原告について前記自治規約所定の懲罰事由が存在しないにもかかわらずなされたものであるから、懲罰権の濫用であり、違法である。

4  違法な退寮処分による損害 四万〇、三〇五円

原告の入学した前記特設教員養成部盲教育部普通科の就学年限は原則として一年であるから、本件退寮処分がなされなければ、原告は、なお昭和四一年六月一三日から昭和四二年三月二三日まで当然本件寮に居住して寮の食堂、浴室等の施設を利用し、また、寮の自治活動をすることが可能であつたところ、本件退寮処分によりそれらを妨げられ、次のとおり合計四万〇、三〇五円の損害を被つた。

(一) 寮の食堂での食事を拒否されたことによる損害 二万五、三五〇円

原告は、昭和四一年六月一三日から寮の食堂での食事を拒否され、外食に頼らざるをえなくなつたが、寮の食堂での食費は一日当り三食で一五〇円のところ、これを外食で補うとすれば市価で三〇〇円は必要であるから、一日当り一五〇円の損害を被つた。ところで、東京教育大学雑司ケ谷分校寄宿舎事務処理規程六条によると、本件寮の開業期間は四月五日ないし七月二三日、八月二九日ないし一二月二五日、一月七日ないし三月二三日であり、また、原告は毎週土曜日と日曜日は日雇いで働き外食することにしていたので、結局、本件退寮処分がなければ、昭和四一年六月一三日から昭和四二年三月二三日までの間に合計一六九日寮の食堂で食事をすることができた。したがつて、原告は、次の算式のとおり、寮の食堂での食事を拒否されたことにより二万五、三五〇円の損害を被つた。

150円×169(日)= 25,350円

(二) 寮に居住することを拒否されたことによる損害 四、二五〇円

原告は、昭和四一年六月一三日以降も退寮を拒否して本件寮に居住していたが、同年一一月二八日からは本件寮に居住することをまつたく拒否され、同日から同年一二月一八日までは一日当り一五〇円で簡易旅館に、同月一九日から昭和四二年三月二三日までは一日当り二〇円で渋谷区立新宿宿泊所にそれぞれ宿泊し、そのため宿泊費合計四、七五〇円を要した。ところで、本件寮の寄宿料は月額一〇〇円であるから、本件寮に寄宿していれば昭和四一年一一月二八日から昭和四二年三月二三日までの間の寄宿料は五〇〇円で済んだ。したがつて、原告は、本件寮に居住することを拒否されたことにより差引四、二五〇円の損害を被つた。

(三) 寮での入浴を拒否されたことによる損害 七〇五円

原告は、昭和四一年一一月一六日以降寮での入浴を拒否され、同日から昭和四二年三月二三日までの間に合計四七日間寮での入浴ができず(寮の入浴日は週三回であり、これを前記開寮期間について計算した。)、公衆浴場を利用した。ところで、寮の入浴料は一日一三円のところ、公衆浴場の入浴料は一回当り二八円であるから、原告は寮での入浴を拒否されたこにより一日当り一五円の損害を被り、その損害の合計額は七〇五円となる。

(四) 慰籍料 一万円

原告は、本件退寮処分により精神的苦痛を被つたが、それに対する慰籍料は一万円が相当である。

5  放学処分

東京教育大学学長三輪知雄は、原告に対し、原告が学生の本分に背いた行為をしたとして、昭和四一年一〇月一三日付の書面をもつて同大学学則五八条により放学に処する旨の懲戒処分(以下、本件放学処分という。)をし、原告は、同年一一月二日右書面を受け取つた。

6  放学処分の違法性

しかしながら、本件放学処分は、以下のとおり違法である。

(一) 本件退寮処分は前述のとおり違法なものなので、原告は、右処分による退寮期限である昭和四一年六月一三日以降も前述のとおり退寮を拒否して本件寮に居住することを決意したが、同日学校当局は、原告の居住している三階三号室を寮生が娯楽室として使用することを許可し、寮生らは、右三号室にテレビ、マージヤン台を備え付け、原告を除く同室者三名に別室を割当て、深夜一二時まで多数で右三号室を使用し、以来、同月一六日朝まで連日連夜多数の寮生が右三号室で遊び続けて原告の居住や安眠を妨害した。そこで、原告は、再三大塚警察署に届け出たが、寮生らは、右のような行為を止めるどころか、同月一八日には右三号室に施錠して原告の自由な入室を妨害し、さらに原告が寮の自習室、図書室、食堂等で休息することさえ妨害したので、原告は、寮生らを東京地方検察庁に告訴した。同月二六日、別室の割当てを受けた前記同室者三名も右三号室に復帰したが、寮委員長や寮生らはその後もしばしば原告の居住や安眠を妨害し、このような行為が同年一〇月下旬まで続いた。とくに一〇月二五日には多数の寮生が一晩中原告を右三号室に監禁し、暴行を加えたのをはじめ、翌二六日には、深夜一一時三〇分ごろ、就寝中の原告を起して寮の屋上に連れ出し、出口を閉めてしまつたので、原告は樋づたいに地上に降り、大塚警察署に保護を求めて、警察官同道のうえ帰寮したが、右三号室に就寝して間もなく、多数の寮生が入り込んで午前四時三〇ごろまで原告を右三号室に監禁し、暴行を加えた。そして、同月二八日、原告は、小長谷盲教育部長から付属小学校の父兄室に仮泊するよう指示を受けた。

(二) このような事態のうちに、東京教育大学学長三輪知雄は、原告が学生の本分に背いた行為をしたとして同年一〇月三一日付をもつて学則五八条により懲戒処分としての本件放学処分をしたものである。

(三) しかし、原告は、本件放学処分事由に挙げられているようた学生の本分に背いた行為をしたことはない。本件放学処分の実質的な理由は、前述の経過からみて、原告が本件退寮処分に従わず、かつ、寮生活の紀律をみだしたとしてされたものと考えられるが、本件退寮処分は前述のとおり違法であるから、それに従わなかつたとしても不当ではなく、また、寮生活の紀律をみだしたのは原告ではなく、むしろ前述のように原告に暴力をふるつた寮委員長および他の寮生らである。したがつて、本件放学処分は処分事由がないにもかかわらずなされたものであるから明らかに不当であり、懲戒権の濫用に当るもので違法である。

7  違法な放学処分による損害

原告は、本件放学処分により、次のとおり合計六八万九、〇〇〇円の損害を被り、かつ、名誉を毀損された。

(一) 得べかりし利益の喪失による損害 一八万九、〇〇〇円

原告は盲学校等特殊学校の教員になることを目的として前記特設教員養成部盲教育部普通科に入学したものであるが、本件放学処分により、原告が昭和四一年四月から一〇月までの七か月間右盲教育部普通科で勉学に専念したことは無為徒労に帰した。ところで、原告は、当時四年制大学を卒業した二九才の男子であつたから、もしも右七か月の期間他に就職して稼働していれば少くとも合計一八万九、〇〇〇円の賃金を取得することが可能であつた。したがつて、原告は、本件放学処分により右得べかりし利益一八万九、〇〇〇円に相当する損害を被つたというべきである。

(二) 慰籍料 五〇万円

原告は、高等学校教諭二級普通免許(社会科、商業科)、中学校教諭一級普通免許(社会科、職業科)、司書教諭、国書館司書の資格を有するものであるが、本件放学処分により盲学校等特殊学校の教員になる道を断たれたばかりでなく、将来教育者としての道を歩むうえにおいても支障を生じ、また、市民としての原告の名誉も毀損されるなど、多大の精神的苦痛を被つたが、それに対する慰籍料は五〇万円を下らない金額が相当である。

(三) 名誉毀損の回復措置

前述のとおり、本件放学処分により原告の市民としての名誉が毀損されたから、前記慰籍料の支払いと共に名誉回復措置として朝日新聞の朝刊に縦七センチメートル、横四センチメートル大の型枠で別紙記載の謝罪文による謝罪広告がなされるべきである。

8  被告の損害賠償責任

本件退寮処分をした大山信郎分校主事および本件放学処分をした三輪知雄学長はいずれも被告の公務員であり、また、右各処分はいずれも右両名がその職務につき公権力の行使としてなしたものであるから、被告は、国家賠償法一条に基づき、右各処分により原告の被つた前記各損害を賠償すべき責任がある。

9  結語

よつて、原告は被告に対し、

(一) 昭和四一年(行ウ)第一二七号事件につき、前記7項(一)(二)記載の損害金合計六八万九、〇〇〇円の支払いおよび同項(三)記載の名誉回復措置としての謝罪広告の実行

(二) 昭和四二年(ワ)第四、六九八号事件につき、前記4項(一)ないし(四)記載の損害金合計四万〇、三〇五円の支払い

を求める。

二  請求原因に対する被告の認否および反論

1  被告の認否

(一) 請求原因1、2項記載の事実を認める。

(二) 請求原因3項について

(1) 同項(一)(1) のうち、本件寮の運営が東京教育大学雑司ケ谷分校寄宿舎通則により寮生の自治に委ねられ右寮の自治規約に基づいて運営されていること、寮の諸費用の徴収を寮生がしていること、右費用のうち寄宿料(国有財産使用料)および電気水道料が学校会計に納入されて国の収入となること、昭和四一年五月六日、原告が分校の学務係に寮費について学校当局の領収書が発行されない理由などを質していた際、寮委員長白木幸一が来合わせ、谷村寮務教官の面前で話し合ううち、右白木が原告の着衣のえりをつかんだこと、原告がそれらについて右白木が暴行したとして大塚警察署に届け出たこと、その後右白木の両親が原告に謝罪したことは認めるが、その余の事実は否認する。

五月六日に原告主張のような事態に至つた事情は次のとおりである。すなわち、谷村寮務教官の面前で右白木が原告に対し寮の運営に協力するよう話をしていたところ、原告は、寮費の不法支出があると主張し、寮の自治委員を不信任すると興奮して発言し、そのうえ「目の悪いものに自治活動ができるか」との趣旨の発言をしたので、口論となつた。そのため、谷村寮務教官は、原告に対し、寮自治会の収支決算報告等を検討し、もし不信な点があれば自治会で問題にすべき旨を助言したが、原告は、これを聞きいれず、自治委員不信を繰り返し興奮して大声でわめきたてたので、場所が校舎玄関であるため右白木が興奮のあまり原告の着衣のえりをつかんで制止しようとしたところ、原告は、そのことをとらえて暴行を受けたとして大塚警察署に届け出たものである。

(2)  同項(一)(2) のうち、寮運営費(月額二五〇円)が原告主張のような使途に費消されていること、原告が野口舎監を告訴したことはいずれも認めるが、寮運営費が不公平に使用され、かつ濫費されていることは否認し、当時の原告の主張に対する学校側の説得内容は争う。

原告の主張内容は、自治会を認めないことと寮費のうち国有財産使用料一〇〇円を負担すれば在寮できるということであつたので、学校側は、自治会に入り、寮生としての生活をするようにと説得したものである。

(3)  同項(二)のうち、原告主張のとおりの手続によつて本件退寮処分がなされたことは認めるが、その処分理由として原告の主張するところは否認する。

(4)  同項(三)のうち、寮生に対する懲罰としての退寮処分については本件寮の自治規約六五条が直接の根拠規定であることならびに原告の寮費の納入状況および弁済供託の事実は認めるが、その余は争う。

(三) 請求原因4項について

(1)  同項冒頭の事実のうち、前記特設教員養成部盲教育部普通科の就学年限が原則として一年であることは認めるが、その余は争う。

(2)  同項(一)のうち、原告が昭和四一年六月一三日以降寮の食堂での食事を拒否され、外食に頼らざるをえなくなつたこと、寮の食事費、寮の開寮期間が原告主張のとおりであること、右期間は寮の食堂で食事ができるものであつたことはいずれも認めるが、その余の事実は不知、損害の点は争う。

(3)  同項(二)のうち、原告が昭和四一年六月一三以降も退寮を拒否して本件寮に居住していたこと、同年一一月二八日以降は本件寮に居住することをまつたく拒否されたこと、本件寮の寄宿料が月額一〇〇円であることはいずれも認めるが、その余の事実は不知、損害の点は争う。

(4)  同項(三)のうち、原告が昭和四一年一一月一六日以降寮での入浴を拒否されたこと、寮における入浴日が週三回であること、寮の入浴料および公衆浴場の入浴料が原告主張のとおりであることはいずれも認めるが、損害の点は争う。

(5)  同項(四)は争う。

(四) 請求原因5項記載の事実を認める。

(五) 請求原因6項について

(1)  同項(一)のうち、六月一三日学校当局が原告の居住している三階三号室を寮生が娯楽室として使用することを許可し、寮生らが右三号室にテレビ、マージヤン台を備え付け、原告を除く同室者三名に別室を割当て、深夜一二時まで多数で右三号室を使用したこと、六月一四日も翌日午前一時ごろまで寮生らが遊戯したこと、六月一三日から同月一六日までの間に原告が再三大塚警察署に届け出たこと、六月一八日寮生らが右三号室に施錠して原告の自由な入室を妨害し、さらに原告が寮の自習室、図書室、食堂等で休息することを妨害したこと、それについて原告が寮生らを東京地方検察庁に告訴したこと、六月二六日別室の割当てを受けた前記同室者三名が右三号室に復帰したこと、一〇月二六日寮生らが原告を屋上に連れ出したこと、原告がその後大塚警察署へ行つたこと、一〇月二八日小長谷盲教育部長が原告に付属小学校の父兄室に仮泊するよう指示したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

なお、一〇月二六日に原告を屋上に連れ出したのは、原告が同室の寮生を罵倒したことにより他の寮生が集り喧騒な状態になつたので、事態を収拾し、原告に反省を求めるために屋上に誘導したものである。

(2)  同項(二)記載の事実を認める。

(3)  同項(三)記載の主張はすべて争う。

(六) 請求原因7項について

(1)  同項(一)のうち、原告が当時四年制大学を卒業した二九才の男子であつたことは認めるが、その余は争う。

(2)  同項目のうち、原告がその主張する各資格を有していることは認めるが、その余は争う。

(3)  同項目記載の主張はすべて争う。

(七) 請求原因8項のうち、大山信郎分校主事および三輪知雄学長が被告の公務員であること、本件退寮処分は大山信郎分校主事がその職務としてなたものであること、本件放学処分は三輪知雄学長がその職務につき公権力の行使としてなしたものであることはいずれも認めるが、その余は争う。

2  被告の反論

(一) 本件退寮処分の適法性

(1)  本件寮は、東京教育大学教育学部特設教員養成部に属する多数の盲学生を寄宿させてその勉学の便に供している国有財産であるが、その事務は、文部省所管国有財産取扱規程六条、同大学雑司ケ谷分校寄宿舎通則、同寄宿舎事務処理規定によつて同分校主事が掌理し、寄宿舎内の秩序をみだしたことなどによる懲罰処分は、右寄宿舎通則一六条の規定により、右国有財産取扱規程六条二項所定の主事の権限に基づき同養成部教授会の決議により右分校主事が発令するものとされている。もつとも、本件寮の運営は寮生の自治に委ねられ、右教授会は、寮生の懲罰についても寮生の意見を尊重するために、懲罰は本件寮の評議員会の発議による、とする本件寮の自治規約(同規約六五条)を承認しているので、懲罰については、まず右評議員会の判断が先行することとなる。

そして、本件退寮処分については、本件寮の自治委員会が昭和四一年五月二六日前記評議員会の退寮処分の決議書を前記教授会に提出し、右教授会は同月二七日原告の退寮処分を決議してその旨を前記分校主事に通知した。右分校主事は、これを受けて、原告の入寮保証人である高野嘉雄に対して退寮処分のいきさつなどを説明する手続を経た後、同年六月六日付をもつて本件退寮処分をしたものである。

(2)  本件退寮処分の理由は、次のとおりである。

(ア) 寮生は寮費として、

(a) 入寮に際しての入寮費 一、五〇〇円

(b) 寮運営費(狭義の寮費) 二五〇円

(c) 光熱、水道料 その月の実費

(d) 食費 右 同

(e) 国有財産使用料 一〇〇円

を右(a)ないし(d)については本件寮の自治規約七条、五四条、六二条((a)、(b)の金額については昭和三八年九月一日付養成部寮生会議の決定による。)により、また右(e)については国立の学校における授業料その他の費用に関する文部省令九条によりそれぞれ納入すべきものとされているところ、原告は、昭和四一年五月六日、前記分校学務係の係員に対して、右費用の領収書の発行名義が国でないことを理由に、寮生活に係る費用の不払いを主張した。

(イ) 原告は、同日、本件寮の寮生である白木幸一に対して、「目の悪い者に自治活動ができるか」との趣旨の発言をして盲人を誹謗した。

(ウ) 原告は、同月一二日、前記寮運営費二五〇円のうち一五〇円については盲人でない自己には無用の額であると主張して、同額の納入を拒否する態度を示し、そのうえ、前記自治規約を自己の主張するとおりに改正しないかぎりこれに従わない旨言明した。

(エ) 原告は、同月一九日、寮務教官谷村裕に対して、自己の私物が紛失したとして、これが本件寮の盲学生による盗難事故であるかのように主張して、右盲学生に対する不信を表明した。

以上のとおり、原告は、その終始変らぬ前記自治規約不服従の態度ならびに本件寮の盲学生に対する誹謗および軽卒な不信の言動によつて、平穏な寮生活を混乱に陥れ、いたずらに寮生に不快の念をいだかせるなど、盲人を中心とする特殊な共同生活に不適応を示し、かつ、寮秩序を破壊しかねない態度を示したものである。

したがつて、右の理由により雑司ケ谷分校寄宿舎通則一六条および前記自治規約六五条の規定に基づいてなされた本件退寮処分に原告主張のような違法はない。

(二) 本件放学処分の違法性

本件放学処分の理由は、以下のとおりである。

原告は、本件寮に入寮後間もなく、当時寮生から徴収していた寮運営費二五〇円のうち一〇〇円のみは雑費として納入するが、その余はもつぱら盲学生を寄宿させるために特別に必要とされるものと思われるので、目あきである自分には支払いの義務がないと独断して主張し、当時本件寮の自治委員長であつた白木幸一と対立状態になつた。原告は、右態度について、右白木をはじめ多くの寮生および谷村寮務教官ほかの教官から、重ねてその非なることを説得されたがまつたくこれに応ぜず、次のような行為を敢えて行なつた。

(1)  昭和四一年五月六日

(ア) 谷村寮務教官および右白木の面前で、「目の悪い者に自治活動ができるか」との趣旨の発言をして本件寮の盲人を誹謗した。

(イ) 野口舎監主任に対する電話において、自分のように教育免許状を有する者は、あんま、はり灸の免許しか有しない者と違う旨言明して、盲人を侮蔑した。

(2)  同年六月七日

教授会において原告の退寮処分についての承認があつても、これに従わない旨言明して、前記養成部教授会の権威を失墜させた。

(3)  同月一五日

谷村寮務教官が原告に対して即時退寮するよう通告したのに対して、教授会の決定は勝手になされたもので、これに従う理由はない旨言明して退寮を拒否し、前記養成部教授会の権威を失墜させた。

(4)  同月一六日

野村舎監が原告との話し合いを提案した際、同人に対して、「あなたを先生とは思つていない。」旨言明して右提案を拒否し、同人を侮辱した。

(5)  同年八月二九日

すでに退寮処分を受けていて居留できない寮内に入り、施錠を破壊して室内に無断で侵入した。

(6)  同年一〇月二二日

谷村寮務教官に対して、本校の学生が少ないのは、この学校が無価値であり、教官の素質が悪いことを表わす旨発言して、前記養成部の教官を侮辱した。

(7)  同月二六日

原告と寮生との間に口論が生じた際、点字タイプライターの金属製のふたを取つて振り上げ、暴行を加えかねない態度を示して寮生の身体に危険を生ぜしめた。

(8) (ア) 同月二一日、試験休みを利用して地方へ治療奉仕に行つた本件寮の学生六名が寮室において反省会という形で議論を交していたのに対して、厭味を言つてこれを中止させ、同人らの勉学を妨害した。

(イ) 同月二二日、翌二三日提出のレポートを作成するために集合していた全盲学生と口論した際に、警視庁大塚警察署宛に、自分が暴行を受けている旨の虚偽の電話連絡をし、本件寮に警察官一名を呼び寄せて不穏な状態を作り出して寮の秩序をみだし、かつ、右学生の勉学を妨害した。

(ウ) 同月二四日、本件寮の三階三号室において、翌二五日の生化学の試験の準備のために点字タイプを打刻していた学生に対して、打刻音がうるさいとして口論をもちかけ、同学生の勉学を妨害した。

ところで、前記特設教員養成部は、盲学校およびろう学校の教員を養成することを目的として東京教育大学教育学部に設置されたもので、右養成部には、理療料、音楽科、美術科、普通科があり、原告の入学した普通科は、すでに教員資格を取得している者で、さらに特殊学校の教員になろうとする者を対象とする教育機関であつて、一般の学科についての盲、ろう者のための教員を養成することを目的とするものであるが、原告の右の諸行為、なかでも盲人を誹謗し、侮辱する行為は、盲人を対象とする教員を養成しようとする右養成部の教育目的に反するばかりでなく、その行為を個別的にみてもまつたく常軌を逸しており、また、右(8) 記載の諸行為は、一見寮生活のうえで発生したものであるとはいえ、右のように他学生の勉学を些細なことに籍口して故意に妨害することは、単に寮生活における秩序をみだす行為であるというにとどまらず、学生としてとうてい許されない行為であるといわざるをえない。したがつて、原告を右養成部に在籍させることは、右養成部内の秩序を著しくみだし、他の同部在学生に対して教育上極めて悪い影響を与えることは明白であつて、原告の諸行為は、いずれも学生の本分にもとるものである。

なお、原告の右の諸行為について、同年五月六日から本件放学処分に至るまでの間、谷村寮務教官ほかの教官らは、原告に対して、再々原告の言動の非なることを説き、その矯正をはかろうとしたが、原告は、これに応じようとしなかつた。とりわけ、同年七月一二日には佐藤泰正教官が右説得を試みようとしたが、原告は、話し合いを拒否し、さらに同年九月一二日にも、小長谷達吉盲教育部長が右同様説得のために原告との面接の機会をもつべく、原告に対して翌一三日に来るよう連絡したが、原告は、この面接を拒否したうえ、自らの態度を改める意志がないことを言明し、同部長に対して、むしろ挑戦的な言辞を弄するに及んだ。

以上のような次第で、前記大学学長三輪知雄は、前記養成部普通科の就学年限が原則として一年であることから、原告の言動が他の同科学生の限られた勉学の機会に重大な影響を及ぼすことをおそれ、教育者として学識および経験豊富な教官によつて構成されている右養成部教授会の同年一〇月七日付の決議を経て、諸般の事情から原告の非行が重大なものであること、原告には反省の意志が毫末もないこと、原告の言動がむしろその根強い性格上の歪みに基因するものであることを認定し、短期間における矯正が不可能であると判断して、前記大学学則五八条に基づき、原告前記養成部の学生としての本分に背いた行為をしたものとして同年一〇月三一日付をもつて本件放学処分をしたものである。

したがつて、右のような懲戒事由に基づいてなされた本件放学処分に原告主張のような違法はない。

三  被告の反論に対する原告の認否

1  本件退寮処分の適法性について

(一) 本件退寮処分が被告主張の手続を経てなされたことは認めるが、本件寮が盲学生を寄宿させることを目的とする国有財産であることは否認する。

(二) 被告主張の本件退寮処分の理由中、寮生が被告主張の寮費をその主張に係る各規則により納入すべきものとされていることは認めるが、その余はすべて争う。

2  本件放学処分の適法性について

被告主張の本件放学処分の理由はすべて争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1項記載の原告の入学および入寮の事実ならびに同2項記載の原告に対する退寮処分のなされた事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件退寮処分が原告主張のように違法か否かについて判断する。

1  〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨と当事者間に争いのない事実を総合すると、次の各事実が認められる。

(1)  本件寮は、東京教育大学教育学部に盲学校およびろう学校の教員を養成することを目的として設置された特設教員養成部(特設教員養成部規定一条)に属する学生を寄宿させて、その勉学および生活の指導に資することを目的とする国有財産(東京教育大学学則五九条)であること

(2)  本件寮に関する事務は、文部省所管国有財産取扱規程(昭和三二年七月一日文部省訓令)六条二項、前記大学雑司ケ谷分校寄宿舎通則三条、同寄宿舎事務処理規程によつて同分校主事がこれを掌理し、寄宿舎内の秩序をみだしたことなどによる寮生に対する懲罰処分は、右国有財産取扱規程六条二項所定の分校主事の権限に基づき、前記特設教員養成部教授会の決議により、右分校主事が発令するものとされていること(前記寄宿舎通則一六条(1) )

(3)  前記寄宿舎通則八条によれば、本件寮は寮生が定めた自治規約に基づいて運営される旨規定され、本件寮の運営は寮生の自治に委ねられている(このことは当事者間に争いがない。)ところ、右自治規約六五条は、寮生に対して退寮処分等の懲罰を課するには、寮生をもつて構成される寮評議員会の決議による旨規定しているので、寮生に対する懲罰については、まず右寮評議員会の判断が先行すること

(4)  本件退寮処分については、昭和四一年五月二三日、右寮評議員会が原告を退寮に処する旨の決議をし、次いで、同月二六日、寮生全員をもつて構成される寮生会議が開かれ、席上、原告に弁明の機会を与えたうえ(もつとも原告はなんら弁明しなかつた。)、右寮生会議も原告について退寮決議をし、同日、寮自治委員会は右決議書を前記特設教員養成部教授会に提出し、右教授会は、同月二七日原告を退寮に処する旨の決議をしてその旨を前記分校主事大山信郎に通知し、右分校主事がこれを受けて同年六月六日付をもつて本件退寮処分をしたこと(右の本件退寮処分の手続経過については、寮生会議の決議の点を除き当事者間に争いがない。)

以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  次に、本件退寮処分の理由について検討する。

〈証拠省略〉を総合すると、次の各事実が認められる。

(1)  原告が入寮した当時、本件寮の寮生は、原告を含めて全部で三五人、そのうち視力障害者が三一名であつたこと

(2)  本件寮の寮生は、寮費として、

(ア) 入寮に際しての入寮費 一、五〇〇円

(イ) 寮運営費(狭義の寮費) 一か月当り二五〇円

(ウ) 光熱水道料 その月の実費

(エ) 食費 右同

(オ) 国有財産使用料 一か月当り 一〇〇円

を右(ア)ないし(エ)については前記自治規約七条、五四条、六二条により、また右(オ)については国立の学校における授業料その他の費用に関する省令(昭和三六年文部省令第九号)九条によりそれぞれ納入すべきものとされ(以上は当事者間に争いがない。)、右各費用のうち、国有財産使用料および光熱水道料は学校会計に納入されて国の収入となり、食費は寮食堂での食事代であり、入寮費および寮運営費は寮生活上の雑費その他寮の自治運営の費用に充てられるものであるが、国の収入となる国有財産使用料および光熱水道料を除くその他の費用については、前記自治規約上寮生の中から選出された会計委員が毎月所定の期日までに(ただし、入寮費は入寮時に)一括して寮生から徴収し(前記自治規約五四条)、その際右会計委員名義の領収書を発行していたところ、原告は、入寮後間もなく、盲人が運営している自治寮であるから会計に相当インチキがあるはずである旨の発言をして寮自治会の会計簿の閲覧を求め、次いで、昭和四一年五月六日、前記分校学務係の係員に対し、入寮費、寮運営費、食費について、国あるいは学校名義の領収書の発行を要求し、盲人運営の自治寮は頼りにならないから右要求が叶えられないかぎり右各費用は納入しない旨主張し、現に本件退寮処分に至るまで右各費用を納入しなかつたこと

(3)  原告は、同日、右学務係員との話し合いの場に来合わせた寮委員長(寮生)白木幸一が前記領収書の発行名義が寮の会計委員であることを説明したのに対し、自己の前記主張に固執して譲らず、そのうえ、寮運営費が不公平に支出あるいは濫費されている旨主張し(右主張の具体的内容は次項(4) 参照)、右白木がそのような主張は寮の自治委員会でするようにと要請したのに対し、「盲人に自治寮の運営ができるわけがない。」との趣旨の発言をして盲人(右白木は弱視者である。)を誹謗し、さらに、原告の右発言に興奮した白木が思わず原告のえり元をつかんだことをとらえて、右白木が原告に暴行を加えたして直ちに大塚警察署に届け出たこと(右話し合いの最中、右白木が原告のえり元をつかみ、それについて原告が直ちに大塚警察署に届け出たことは当事者間に争いがない。)

(4)  学校側は、右のように寮費をめぐつて他の寮生と対立し始めた原告を指導すべく、まず、同月一二日、補導教官藤田紀盛が原告と話し合つたが、その際、原告は、寮運営費が寮役員への謝礼、視力障害の寮生のために他校の女子大生に図書の朗読依頼したことの謝礼会費用、図書購入費、寮祭費等に支出されていることについて(右のように寮運営費が支出されていることは当事者間に争いがない。)、それらがいずれも視力障害のない自己には無用の使途あるいは寮運営費本来の性質に反する不相当な使途に費消されている旨主張し、寮運営費一人当り月額二五〇円の六割は濫費されているとしてこれに当る一五〇円の納入を拒否する態度を示し、さらに、寮費の納入は前記自治規約により寮生に義務づけられているから納入するようにとの右藤田教官の説得に対しても、前記自治規約を自己が主張するとおりに改正しないかぎり、右自治規約に従わない旨言明したこと

(5)  その後も同月中、特設教員養成部盲教育部長小長谷達吉、前記分校主事大山信郎、講師佐藤泰正および寮生らが再三原告に対し、前記自治規約を尊重し、寮費を納入するよう説得し、もし、右自治規約に不満があるなら右自治規約所定の手続(同規約六七、六八条)によりその改正をはかるべきであるとの助言をしたのに対し、原告は、一方的に自説を主張し、右説得を拒否したこと

(6)  原告は、同月一九日、寮務教官谷村裕に対して、自己の私物(ネクタイ)が紛失したとして、これが本件寮の盲学生による盗難事故であるかのように主張して、寮生に対する不信の念を表明し、その後、右ネクタイが原告の自室押入れに納めてある盲学生(原告と同室)のふとんの中から発見されたことについても、これは同人がふとんを片付けた際、偶然に紛れ込んだ可能性が多分にあつたにもかかわらず、原告はことさら右盲学生が故意に隠したと主張して同人を詰問したこと

以上の各事実が認められ、原告本人尋問の結果(第一、二回)のうち、右認定に反する部分は前掲その余の各証拠と対比してとうてい信用し難く、他に右認定を妨げるに足りる証拠はない。

以上認定した各事実によれば、原告は、入寮当初より本件寮が視力障害のある寮生を中心として自主的に運営されていることに不信の念を抱き、入寮費、寮運営費、食費についての領収書の発行名義を国または学校当局とすべきであるのみならず寮運営費の使途がいずれも不当であると一方的に主張して、これら寮費の不払いを宣言、実行したものであることが認められる。しかしながら、そもそも前記自治規約は本件寮の自治運営のために寮生が定めた単なる自主的規範たるによどまらず、前記東京教育大学雑司ケ谷分校寄宿舎通則八条によつて営造物規則としての規範性をも認められているのであり、原告がなんら正当な理由もなく(前記領収書の発行名義に関する原告の主張が正当でないことは論じるまでもなく、また、寮運営費の使途が不当であるとの原告の主張についても、全寮生中視力障害者が多数を占める本件寮の特殊性および社会通念に照らしてこれを首肯し難く、まして寮運営費の使途の不当性を理由とするその不払いはとうてい正当とは断じ難い。)、前記自治規約に不服従の態度を固持したばかりでなく、本件寮の盲学生を誹謗し、かつ、盲学生に対する不信の言動をあらわにしたことおよび原告の非を諭す教官、寮生らの説得にも耳を貸さなかつたことならびに全寮生三五名中視力障害者が三一名の多数を占める本件寮の特殊性を併せ考慮に入れると、原告は、前認定の各言動により本件寮の秩序をみだし、かつ、本件寮における視力障害者を中心とする共同生活に対する適応能力の欠如していることを示したものといわなければならない。

3  ところで、国立大学に付属する寄宿舎または学生寮の使用関係は、当該学校の学生なる地位に基づき許された利用関係であつて、その管理、入退寮などの事項については管理者に広範な裁量権が認められていると解されるところ、本件寮生に対する懲罰としての退寮処分については、前記寄宿舎通則一六条および自治規約六五条が直接の根拠規定であることは当事者間に争いがないが、本件の場合は、右自治規約六五条四項所定の「その他、寮生活を乱す行為を行つた場合」に該当するというべきである。

そうすると、叙上のとおり原告が寮の秩序をみだしたことを理由に、それに対する懲罰としてなされた本件退寮処分は正当であり、これに原告主張のような違法はないというべきである。

三  次に、請求原因5項記載の放学処分の事実は当事者間に争いがないので、進んで、本件放学処分が原告主張のように違法か否かについて判断する。

一般に、国公立大学の学生の行為に対し、懲戒権者なる学長が懲戒処分するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかを決定することは、その決定が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、もしくは社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者としての学長の裁量権の範囲を超えるものと認められる場合を除き、その裁量に任されていると解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和二九年七月三〇日判決、民集八巻七号一五〇一頁参照)。

このような観点に立つて、以下、本件退寮処分の適否を検討する。

1  原告が本件寮に入寮後間もなく、正当な理由もなく寮費の不払いを主張、実行したうえ、前記自治規約に不服従の態度を固持し、その非を諭す教官、寮生らの説得にも耳を貸さず、そのうえ、本件寮の盲学生を誹謗し、かつ、盲学生に対する不信の言動をあらわにするなどして、本件寮の秩序をみだしたため、昭和四一年六月六日付をもつて本件退寮処分に処せられたことおよび右退寮処分が正当であることは前認定のとおりであるが、〈証拠省略〉と弁論の全趣旨を総合すると、さらに次の各事実が認められる。

(1)  原告は、昭和四一年五月六日、前認定のとおり白木幸一からえり元をつかまれたことについて大塚警察署に届け出たが、同警察署内から本件寮に電話をした際、電話の応待に出た舎監主任野口功に対し、右白木の行為を非難する言葉の中で、自分のように教員免許状を有する者は、あんま、はり灸の免許しか有しない者とは違う旨の盲人を侮辱する発言をしたこと

(2)  原告は、同年六月七日、本件退寮処分の通告書を受け取つた後、寮務教官谷村裕ほかの教官に対し、教授会の本件退寮処分の決定は勝手になされたものであるからこれに従う意志はない旨言明し、退寮期限である同月一三日を経過するも退寮せず、同月一五日、谷村寮務教官から本件退寮処分に従い即時退寮するよう通告を受けた際にも前同様右処分に不服従の意志を表明し、以来、退寮することを拒否して同年一〇月二七日ごろまで(後記認定の夏期休暇中を除く。)は退寮処分前の原告の居室であつた本件寮の三階三号室に、それ以後本件放学処分に至るまでも本件寮内に居住し続けたこと

(3)  同年六月一六日夜半ごろ、本件寮内で原告と寮生数名が原告の退寮をめぐつて口論していたので、当夜宿直をしていた本件寮の舎監で教員でもある野村博行が仲裁に入り、話し合いを提案したところ、原告は、野村舎監に対し「あなたを先生とは認めない。」旨言明して右提案を拒否し、同人を侮辱したこと

(4)  本件寮は毎年寮生の夏期休暇中は閉鎖することになつており、学校当局は、昭和四一年も七月二三日から八月二九日まで寮を閉鎖して、寮生の各居室はすべて扉を釘付けあるいは施錠していたところ、原告は、同年八月一七日と二十九日の二回にわたり無断で前記三階三号室の釘付けしてあつた扉を開けて入室したこと

(5)  同年一〇月に入り、本件寮恒例の寮祭が近づくにつれ寮生らが、原告との間で寮祭をめぐつて紛争が生じることをおそれ、原告に対し、本件退寮処分に従い退寮するよう要求し始めたことで、寮生らと原告との関係は、再度険悪化したが、同月二一日夜、前期の試験休みを利用して地方へ理療の奉仕に行つてきた寮生数名が、原告の同室者がそのグループの中心となつていた関係上前記三階三号室で反省会を開いていたところ、原告は、うるさくて自分の生活が妨害されると主張し、このようなことをすると警察官に連れていつてもらうなどと厭味を言つてこれを中止させ、同人らの勉学を妨害したこと

(6)  同月二二日午後一〇時ごろ、前記三階三号室で、原告の同室者の盲学生らが翌二三日提出のレポート作成のため、点字タイプライターを使用していたところ、原告が安眠妨害であるとしてその中止を求めたことから口論となつたが、その際、原告は、大塚警察署に寮生から暴行を受けていると事態を過度に誇張して電話連絡をし、警察官を呼び寄せて本件寮内に不穏な状況を作り出し、右盲学生らの勉学を妨害したこと

(7)  同夜、原告は、右のような事情から前記三階三号室に居づらく、本件寮内の宿直室隣りの週番勤務室に入り込み、宿直当番をしていた前記谷村寮務教官と種々話し合ううち、同教官に対し「この学校の学生数が少いのは、この学校がいかに無価値であり、教官の素質がいかに悪いかということを物語つている。」という趣旨の前記特設教員養成部の教官全体を侮辱する発言をしたこと

(8)  原告は、同月二四日夜、前記三階三号室において、原告と同室の盲学生ら数名が翌日の生化学の試験の準備のために点字タイプを打刻していたところ、右盲学生らに打刻音がうるさいと言つて口論をもちかけ、同学生らの勉学を妨害したこと

(9)  原告は、同月二六日夜、前記三階三号室において、右と同様に寮生ら数名が点字タイプライターを使用していたことに文句を言つたことから寮生らと口論になつた際、点字タイプライターの金属性のふたを取つて振り上げ、暴行を加えかねない態度を示して寮生の身体に危険を生ぜしめたこと

(10)  以上のような原告の言動について、前記谷村寮務教官ほかの教官らは、原告にその非を諭して態度を改めさせるべく再三説得を試み、とくに心理学専門の講師佐藤泰正は、同年七月一二日まで数回にわたり専門的立場から原告を矯正すべくその説得を試みたが、原告は、それに応ぜず、また、同年九月一二日には、盲教育部長小長谷達吉が右と同様に原告を説得するために面接すべく、電話で原告に翌一三日に盲教育部長のもとに出頭するよう命じたが、原告は、これを拒否したばかりか、その際、このままでは放学処分にすることもありうる旨の右盲教育部長の警告に対して挑戦的言辞を吐いたこと

(11)  そこで、前記大学学長三輪知雄は、以上の原告の言動は同大学学則五八条所定の懲戒事由である学生がその本分に背いた行為をしたときに該当するのみならず、かかる原告の言動は他の同科学生の勉学に重大な支障となり、他面において原告の言動はむしろ同人の根強い性格上の歪みに由来し、これを短期間内に矯正することは困難であると判断し、同年一〇月七日右大学特設教員養成部教授会の決議を経たうえ同月三一日付をもつて前記学則により本件放学処分をしたこと

以上の各事実が認められ、原告本人尋問の結果(第一回)のうち、右認定に反する部分は前掲その余の各証拠と対比してとうてい信用し難く、他に右認定を妨げるに足りる証拠はない。

以上認定した各事実によれば、原告は、昭和四一年四月一一日に東京教育大学教育学部特設教員養成部盲教育部普通科に入学して以来、同年一〇月三一日付をもつて本件放学処分に処せられるまでのわずか七カ月足らずの間に、右特設教員養成部の盲学生その他視力障害のある学生の困難な条件を背負つての勉学に全く理解を示そうとしないばかりか、かえつてこれを誹謗あるいは侮辱する言動を繰り返し、その勉学を些細なことに籍口して妨害し、そのうえ、視力障害のある学生を中心とする本件寮において、寮の秩序をみだし、他の寮生らと対立関係を生じ、そこにおける共同生活に不適応性を示したために、最終的には前記特設教員養生部教授会の決定により退寮処分に処せられながら、右決定を無視してそれに毫も従おうとしなかつたばかりか、右特設教員養成部の教官全体を侮辱する発言をもし、さらに、閉鎖中の本件寮に二回にわたり無断で入室したものであることが明認される。そして、前認定のとおり右特設教員養成部は盲学校およびろう学校の教員を養成することを目的として前記大学教育学部に設置されたものであること、特に原告の入学した右特設教員養成部盲教育部普通科はすでに教員資格を取得している者でさらに盲学校の教員となろうとする者を対象とする教育機関であつて、一般の学科についての盲人等視力障害者のための教員を養成することを目的とするものであること(このことは〈証拠省略〉によつて認められる。)に鑑みれば、原告の右の言動は、明らかに右特設教員養成部の教育目的に反し、右特設教員養成部の学生としての本分に著しく背くものであるといわなければならない。

〈証拠省略〉によれば、東京教育大学学則五八条は、学生がその本分に背いた行為をした場合における懲戒処分として、放学、停学、戒告の三種類を規定していることが認められるが、本件放学処分の理由となつた原告の前認定の各言動の重大性、右各言動から窺われる原告の根強い性格上の歪み、前認定のとおり学校側が原告を矯正しようとしたその努力に対する原告の拒否的態度、それに前記特設教員養成部盲教育部普通科の就学年限が原則として一年である(このことは〈証拠省略〉によつて認められる。)ために原告の前認定の各言動が他の同科学生の限られた勉学の機会に及ぼす影響の重大性等諸般の事情に鑑みれば、前記大学学長三輪知雄が原告に対する懲戒処分として原告を放学処分にしたことは相当であり、それが社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者としての右学長の裁量権の範囲を超えるものとはとうてい認められないといわなければならない。

2  原告は、本件放学処分の実質的な理由は、原告が本件退寮処分に従わなかつたことおよび寮生活の紀律をみだしと認められたことによるとしたうえで、本件退寮処分は違法であるからそれに従わなかつたことは不当でないと主張し、また、寮生活の規律をみだしたのは原告でなく原告に暴力をふるつた寮生らであると主張して、本件放学処分の違法をいうが、本件退寮処分の違法を前提とする原告の右主張が正当でないことは既に判示したところから明らかである。

もつとも、原告の右主張中、寮生らの原告に対する暴行の点については、前期三1の冒頭に掲げた各証拠(以下、これを前掲各証拠という。)によれば、原告の右主張に一部副うようにもみえる次のような事実を認めることができる。

(1)  本件退寮処分によ退寮期限であつた昭和四一年六月一三日、原告の居室であつた前記三階三号室の同室者三名が退寮を拒否している原告との同室を嫌つたため、学校当局が右三名に別室を割当て、右三号室を寮生らが娯楽室として使用することを許可し、寮生らが右三号室にテレビ、マージヤン台を備え付け、深夜一二時ごろまで多数で右三号室を使用し、同月一四日も翌日午前一〇時ごろまで同室で遊戯をするなどして退寮を拒否する原告の居住を実力で妨害し、さらに同月一八日には右三号室に施錠して原告の自由な入室を妨害し、また、原告が寮の自習室、図書室、食堂等で休息することをも妨害したこと(以上の事実は概ね当事者間に争いがない。)

(2)  同年一〇月二五日深夜、多数の寮生が原告の居る前記三階三号室に押しかけ、明方近くまで原告と口論の域をやや逸脱した争いをしたこと

(3)  同月二六日深夜、寮生の白木幸一が原告を屋上に連れ出し、そこから出られないようにしたため、樋づたいに地上に降りて大塚警察署に保護を求めて警察官同道のうえ帰寮した原告が前記三階三号室に戻ると、さらに多数の寮生が右三号室に押しかけ、明方近くまで原告と前同様口論の域をやや逸脱した争いをしたこと

右のような寮生らの各行為は、いずれも穏当を欠き、非難されるべき点がないではない。しかしながら、前掲各証拠によれば、右(1) 記載の寮生らの行為は原告が本件退寮処分に従わなかつたことに対する対抗手段としてなされたものであり、右のような行為はその後右(2) 、(3) 記載の事態が発生するまで学校当局の指導により中止されたことおよび右(2) 、(3) 記載の事態は、前認定のとおり原告がその数日前より些細なことに籍口して寮生らの勉学を妨害したため、それに怒つた寮生らの勢いの赴くところ発生したものであり、そのそもそもの原因は原告にあること(なお、右(3) 記載のように一〇月二六日深夜白木幸一が原告を屋上に連れ出したのは、当夜原告と寮生らとの間に生じていた険悪な空気を鎮めるため、原告に一時寮生らの前から姿を隠してもらうためであり、その後間もなく右白木が原告を迎えに屋上に行くと、原告は既に樋づたいに地上に降りていて、そこにいなかつたことが前掲各証拠上明らかである。)が認められる。結局、右の認定事実および本件退寮、放学の各処分の理由となつた前認定の原告の各言動を総合して考察すれば、右(1) ないし(3) 記載の寮生らの各行為は、ほかならぬ原告の右退寮、放学の各処分の理由となつた各言動に誘発されたものと判断するのに難くない。

そうであるとすれば、寮生らに右(1) ないし(3) 記載のような行為があつたからといつて、それは前認定の本件放学処分の理由となつた原告の各言動に対する前示評価になんらの影響を及ぼすものではなく、まして、本件放学処分の適否についての前記判断になんら消長をきたすものではない。

四  以上のとおり、本件退寮処分および本件放学処分に原告主張のような違法はないから、右各処分の違法を前提とする原告の本訴各請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がない。

よつて、原告の本訴各請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 牧山市治 横山匡輝)

(別紙)謝罪広告

昭和四一年一〇月三一日付東京教育大学学長三輪知雄の為した貴殿に対する不当な放学処分により多大な苦痛を受けた貴殿に紙面を以て謝罪する。

年 月 日

法務大臣(氏名)

遠藤馨 殿

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